好き→好き→好き。

このブログの方向性が謎になってきました

好きな人には好きな人がいて

好きな人は好きな人をずっと想っていて

そんな彼の日記を読んだら

ますます離れられなくなりました

男の子は誕生日とか覚えるのが疎いのに(少なくとも自分の周りは)

ちゃんと覚えていてくれて

そんなとことか

ずっと想い続けているところとか

他にも色々あるけど、全部良くて

だから

好きな人がいる好きな人を好きで

好きな人をずっと好きでいる好きな人をずっと好きでいようと思う

未来はわからないからね

どうなるとかどうしたいとかわからないけど

つながっていれたらいいな

今日はこんな感じ

勉強頑張ります

やればできるのです

クリックお願いします(・∀・)

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好き→好き→好き。

このブログの方向性が謎になってきました

好きな人には好きな人がいて

好きな人は好きな人をずっと想っていて

そんな彼の日記を読んだら

ますます離れられなくなりました

男の子は誕生日とか覚えるのが疎いのに(少なくとも自分の周りは)

ちゃんと覚えていてくれて

そんなとことか

ずっと想い続けているところとか

他にも色々あるけど、全部良くて

だから

好きな人がいる好きな人を好きで

好きな人をずっと好きでいる好きな人をずっと好きでいようと思う

未来はわからないからね

どうなるとかどうしたいとかわからないけど

つながっていれたらいいな

今日はこんな感じ

勉強頑張ります

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意識の仕方の違い

寝なきゃ明日(実質的には今日)死んでしまうのに、なんだか寝たくないので書きます。

寝たくない日って無いですか?

でもまあこれを書く時間が出来たという事で、良しとします。

今日は、意識の仕方の違いについて。

ゼミで金曜日にホームレスについて話し合いました。

発表者からの問題提起で、最後に「どうしたらホームレスを減らす社会を作れるか」と出ました。

皆の意見に共通していることは、もっと現行の援助というものを変えるというものでした。

例えば生活保護法の制度改正や、お金の援助ではなくもっと他の援助にするといったような。

ホームレスの方にとっては援助も大切だと思います。

身体的理由で職に就けなくてホームレスになった方もいるからです。

でも、議論や意見を聞きながら思った事は、物資による援助のみでいいのかなと。

ホームレスの方の中には、前述の身体的理由による方もいますが、家族に捨てられた・リストラされた…などというような、身体的理由によらない方も沢山いるのです。

生活支援センターなどで、職に就く為に訓練や援助を受け社会に復帰出来る人は、全体の半数以下だそうです。

半数以上の人が社会復帰出来ない最大の理由は、「社会に出ると自分より出来る人が沢山いて、自分の無能さが露呈される」という事。

つまり、自己嫌悪といった、モチベーションの問題です。

例えば、実際にあまり能力の無いホームレスの方がいるとします。

彼は、その能力の低さが理由でリストラされました。

もちろん、それは自業自得ではあるでしょう。

しかし、リストラされた時点でのし上がる事も出来たはずです。

「のし上がってやる!!」という気持ちが沸かなかったから、というのもホームレスになった一つの理由であると思います。

もちろん次の就職先が見つからない、というのも大きな理由ではありますが。

そして、ホームレスになった後。

ホームレス生活を楽しんでいる方もいらっしゃると思いますが、出来れば抜け出したいと思っている方も沢山いることでしょう。 

しかし、どんなに気持ちの違いがあっても傍から見ればホームレスはホームレス。

世間には、社会の負け組・汚い・乱暴・おかしい…などと言った否定的な目で見る人も多いのが現状。

実際に私もそうでした。

汚くて乱暴な印象がありました。

正直に言ってしまうと、その世間の目が完全に間違いであるとは言い難いのです。

しかし、世間がそう見るから、ホームレスの方々は本当にそうなっていくのかもしれません。

実際に自分もそんな風に見られたら、ナニクソ!!とう思う気持ちから乱暴になったり、卑屈になったりすると思うのです。

(その「ナニクソ!!」という気持ちを他に向けれたらいいんですけどね。)

リストラされたことによって自分の無能さを再確認し、そこから向上心は生まれることもなくホームレスになり、世間からの白い目でさらに卑屈になっていく。

そんな悪循環が良くないと思うのですね。

本当になまけているホームレスの方も沢山いることでしょう。

しかし何度も言う様に、身体的理由で余儀なくされた方も沢山いるのです。

そんな人に対して白い目を向けるのは、良くないのではないでしょうか。

何でも見た目でひとくくりにするのは良くないのではないでしょうか。

だから、もっとホームレスの方に対する偏見を少しでも無くすことも大切なのでは。

私はそれが「ホームレスを減らす社会」への第一歩だと思います。

綺麗事言うのはあまり好きではないですけど、人間にとって精神ってとても大きな影響を持つと思うのです。

だからホームレスの方のモチベーションを下げない為にも、私はこう思います。

でも正直なところ、ホームレスは減らないし無くならないと思うのですけどね。

また、世間では発展途上国に対しての資金援助が活発になっていますよね。

募金であったり、最近はお水を買うとその収益の一部が発展途上国での綺麗な水を確保する為の井戸作りに提供されるというプロジェクトもあります。

私の大好きな中田英寿もそれを訴えています。

そういうメディアからの情報によって世間の人々は、発展途上国の人を可哀想な目で見る様になります。

しかし、発展途上国の人もそんな目で見られたくは無いだろうし、実際に自分が可哀想な立場であると感じていない人もいます。

全く同じでは無いですけど、日本のホームレスと共通する部分は多いにあります。

そうとは言え、やはり発展途上国の人も援助によって助かっているのも事実。

私たちもメディアによって、「募金をしなきゃ」とか「収益の一部が援助になるならこっちの水を買おう」と心動かされるのも事実。

ホームレス問題でも同じだと思います。

ホームレスの方々にとって、資金援助等が助けになっているのも事実だと思います。

しかし、世間では発展途上国に対する関心は強いのに、ホームレスに対しては偏見が強い。

この違いは、メディアでの取り上げられ方も大きいのではと思います。

発展途上国に関する情報は沢山発信されるけど、ホームレスに関する情報はまだまだ少ない。

だからもっと発信すべきであるし、発展途上国に対してはお水を買えば援助出来るという様な世間が参加しやすい援助方法を、ホームレス問題に対しても同じように行うべきだと思います。

発展途上国問題とホームレス問題に対する意識の仕方の違い。

それはやはりメディアによる情報量によるものも大きいですが、もっともっと私たちが関心を持たなければいけない。

今回のゼミではそう強く思いました。

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人って

ご無沙汰してます。

んーランキングの参加の仕方があんましよくわからん…こんなんじゃ駄目ですね。

もっとパソコンに強くなれるように精進しなきゃですね。

最近、人と人の関わりってすごいなあとしみじみ感じます。

有難いことに、人と関わることが最近多くて色々と刺激を受けています。

自分から進んで人と関わらないと、本当にもったいないと思います。

本当に色んな可能性やバックグラウンドを持つ人がたくさんいます。

人間がこの地球上に生まれてきて

色んな技術や能力・進化によって、今自分が生きている世界があって。

こうやってブログを書くことができるのも、人間の可能性のおかげなんですね。

でも、その可能性を素直に発信することはとても難しいのです。

その可能性の発信方法によっては犯罪にもなる可能性があります。

私は、それも一つの方法だからしょうがないのかなと思います。

人にはそれぞれ個性がある様に、発信の仕方も様々な方法があるものです。

でも、それを「しょうがない」って終わらせることは出来ません。

自分の考えていることを、周りの人も心地よく受信できるように発信する。

そうすることによって、「可能性」は生かされ、次に繋がると思います。

しかし前述したように、発信方法はとても難しいのです。

人々がもがいているのは、そこにも理由があるでしょう。

何であの人は自分の言いたいことをわかってくれないのか

何で自分は言いたいことをきちんと伝えることができないのか

まじりっけなく素直に伝えることは、私にとっても永遠の課題であります。

そんなもやもやを少しでも無くすべく、私は人と世界の間に立っている人になっていたいのです。

その為には、私ももっともっと吸収すべきことが沢山ある。

可能性が自分の中に生まれて、それを発信して、それを受信して、新しい可能性が生まれる

人間は「人」という物体じゃなくて、可能性から作られている可能性だとおもいます。

可能性の無限ループを作って、生きていきたい

そう思いながら、人と関わる日々です。

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はじめは誰もが無名だった

はじめは誰もが無名だった

みんな、ここではないどこかを目指して、もがいていた

昨日の情熱大陸は、U25特集だった

サッカー選手・牧場主・画家・料理人・写真家・プログラマー

さまざまな分野で活躍している25歳以下の人たちを追う特集

その特集が上記の言葉から始まった

今の自分の心に残る言葉になった

先日、土屋アンナの元夫、JOSHUAが亡くなったニュースを見て

今日、元TBSアナウンサーの川田亜子さんが自殺したニュースを見た

死という線を越えたら、その日から目の前にはぱったりと現れない

あんなに複雑な人間の身体

なのに死という一線を越えたら、そこには何もない

何もない?

JOSHUAは、子どもを、自分という被写体を雑誌に

川村さんは、テレビ番組に

存在と名前と生きた証を残している

人間ははかない

思い出もはかない

人間の心はうつろいやすいから、思い出なんかはあてにならない

思い出に残すのは簡単だけど

形に残すのは難しい

科学が発達して、今はまだ簡単になった方なのかもしれない

情熱大陸の言葉が心に残ったのは

今自分が一番気になっていたことで

一番の課題だったからかもしれない

学校に行って

勉強して

頭に残ってるのかもあやふやで

試験受けて

単位落とした落とさないの話をして

そんな日々と会話になんの意味があるのか

疑問に思い始めた1年生の頃から

2年生、3年生と時は流れ

自分が何を求めてて

自分が何を考えてるのか全くわからなくて、学校を思う度に憂鬱だった

3年生になって

自分に必要なものと必要でないものをわけて

必要でないものは排除して

一人では生きていけないけど、ある程度の強さは持てるようになった

ちょっとずつ行動するようになって

自分が好きなこと、やりたいこともちょっとずつ見えてきた

「気がする」ではなく「見えてきた」

何より

「形に残したい」

それが一番の望みで課題

こうして、自分はBRASSという団体に入って

学校の広報誌の編集委員をしてる

みんなで討論して、自分のふがいなさや無力に悩んで

でも、ちょっとずつは進んでる

BRASSの活動をしていて

WEBについて考えて…

全部を自分で作らなくても、形には残せていってる

形を残して名を残す

今は無名で形すらも曖昧

名を残せたら、一番になれなくてもいいや

一番になろうなろうと漠然と思って、自分が崩壊していって、結局何もできなかったから

生きた証かあ

自分の周りにいる人も、自分の生きた証につながる

そして可能性につながる

次からは、自分の周りの人を客観的に文章にしていきます

そして可能性につなげていきます

はじめは誰もが無名

でも、自分がここに残すことによって、その人の生きた証の一つになればいい

ぽっちお願いしますGakusei14

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